最初の始め
尾道の、どこの何から始めようかと *えっと 考えたが
やっぱし、ここから始めることにした。
昔は、笠岡で最後に見て、しばらく見えなかった海が、
突然に川のような姿で遇えるのが、尾道の東の端堂崎である。
汽車の車窓、左側に展開される尾道の風景を楽しみに、
年に一度か二度、帰郷したことが想いだされる。
もう、「堂崎」の呼び名も殆ど忘れられてしまった今、
ここから尾道の懐かしい話をはじめよう。
たいへん失礼な話になるが・・・
私が子供の頃は、この「堂崎」から向こう、東は田舎であった。
新国道ができるまでの国道は、尾崎の町中を通っていて、
浄土寺から東は”かまぼこ型”の砂利道であったように思う、
日頃の用事はここから西、旧市内ですべて事足りていた。
(現在は、全く逆の状態になってしまっているが・・・)
ただ、年に2~3度はバスに乗り、この堂崎を通って
尾道では珍しく広い干拓農地であった大田の汐回しへ
”鮒つり”に行った。
これがまた、よく釣れた。
(この話は後日、書いてみようと思っている)
林 芙美子の放浪記・・・(文学のこみち)の大きな石に刻まれた
”煤けた屋根”や”ドックの赤い船”は旧市内でも殆ど見ることが
できなくなってしまった。
が、しかし、ここは尾道で一番眺めの良い場所には変わりがない。
私は、この場所から眺める”夕焼け”は ☆日本一☆ だと思っている。
やっぱし、ここから始めることにした。
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海が見えた。海が見える。 五年振りに見る尾道の海はなつかしい、 汽車が尾道の海へさしかかると、 煤けた小さい町の屋根が提灯のように、 拡がってくる。 赤い千光寺の塔が見える。 |
突然に川のような姿で遇えるのが、尾道の東の端堂崎である。
汽車の車窓、左側に展開される尾道の風景を楽しみに、
年に一度か二度、帰郷したことが想いだされる。
もう、「堂崎」の呼び名も殆ど忘れられてしまった今、
ここから尾道の懐かしい話をはじめよう。
たいへん失礼な話になるが・・・
私が子供の頃は、この「堂崎」から向こう、東は田舎であった。
新国道ができるまでの国道は、尾崎の町中を通っていて、
浄土寺から東は”かまぼこ型”の砂利道であったように思う、
日頃の用事はここから西、旧市内ですべて事足りていた。
(現在は、全く逆の状態になってしまっているが・・・)
ただ、年に2~3度はバスに乗り、この堂崎を通って
尾道では珍しく広い干拓農地であった大田の汐回しへ
”鮒つり”に行った。
これがまた、よく釣れた。
(この話は後日、書いてみようと思っている)
林 芙美子の放浪記・・・(文学のこみち)の大きな石に刻まれた
”煤けた屋根”や”ドックの赤い船”は旧市内でも殆ど見ることが
できなくなってしまった。
が、しかし、ここは尾道で一番眺めの良い場所には変わりがない。
私は、この場所から眺める”夕焼け”は ☆日本一☆ だと思っている。
