昔、夏祭りで、必ずと言っていいほど親が買ってくれた「たんがあめ」。
今年の
尾道の夏祭りで目にすることは無かった。
尾道には、むかし「丹花城」や「丹花小路」という名が有ったが
勿論、「城」は現在無いし「
丹花小路」も「久保一丁目」と変わってしまった。
この「丹花」は尾道でも古くから人が住んだ所らしく、古い文献によく出てくる。
「丹花飴」の名は、この地に有った「あめ屋」からだろうとも言われている。
丹花小路
製法は大変な重労働で・・・
煮詰めた「あめ」を熱い内に、柱に取り付けた横棒へ"なげなわ"のように
何度も何度も掛けては外し、外しては掛ける、すると飴の中に空気が入り
乳白色になって、たいへんに口当たりの良い「あめ」が出来あがる。
それが冷めない内に「もろぶた(餅などを入れる木箱)」へ流し込み冷やす。
今で言う「
不二家のミルキーあめ「ペコちゃん」」風のアメのできあがり。
ミルキーは丸く、紙に包まれているが、「丹花飴」は"もろぶた"に入っており、
5センチくらい厚みが有るので「幅広のみ」と「木槌」で割る。
割った飴は不規則で、"
棒ばかり"で計り、白や茶色の駄菓子袋に入れ
"もろぶた"に立てかけて金額別に並べてある。
うっかりすると翌日、柔らかくなり全部がくっついて、ひと塊になったりする。
金槌や包丁の背で割って食べる。
この飴は、口に入れて噛もうとしても噛めないが、
しばらくすると"とろーっ"と溶けてくる。
なんとも言えない甘い味が喉を通り越す。
尾道の"丹花飴職人"は全員亡くなられたと聞いた。
近くの町には職人さんが居られるが、高齢で出店が出来ないらしい。

祭りの想い出、「丹花飴」には、もう逢えないんだろうか。