大草鞋(おおわらじ)
西国一の寺と言われた、尾道の西國寺。
大門を進むと、立派な「仁王門」がある。

この門の中に居られるお二人の仁王さん、
以前書いたように、たいそう元気のいい方たちで
夜毎に、裏山や町中を走り回られたそうな。
その様ないわれが伝わるくらい有名な仁王さんなので
ご利益が無かろう筈も無く、「健脚の仁王さん」として
昔から庶民の頼るところとなっていた。
私が子供の頃、大門と蓮華坂(蓮花坂)の交わった辺りに
数軒の店があって、その店先にぶら下がった大小色々な
「草鞋(わらじ)」を買い求める客をよく見かけたものだ。
今では店で草鞋(わらじ)を見ることは無くなった。
草鞋を編んで、納めてくれる人が無いのだ。

10年ほど前まで仁王門には、御願いや御礼の木札と共に
大小たくさんの草鞋が所狭しと取り付けられていた。

その中で、ひと際目に付くのが大草鞋(おおわらじ)である。
2メートルは有るであろう大きさで、お参りの人々の度肝を抜く。

この大草鞋(おおわらじ)は、60年に一度づつ取替えられてきた。
前回の取替えは昭和52年だったので、次回は30年後である。
しかも、草鞋を編んで下さる方は「向島の檀家」と決まっているのである。
向島の檀家さんが代々大草鞋に関わって来られたのだが
しかし、近年は向島で良質の「わら」が取れなくなってしまったし
今までの経験者が高齢になられ、行事の存続が危ぶまれているのだ。

どうして、こんなに大きな「わらじ」が
納められるようになったのかは、今では判らない。
何事も「むかし」を伝えて行くのが、大変な時代になってしまった。
大門を進むと、立派な「仁王門」がある。

この門の中に居られるお二人の仁王さん、
以前書いたように、たいそう元気のいい方たちで
夜毎に、裏山や町中を走り回られたそうな。
その様ないわれが伝わるくらい有名な仁王さんなので
ご利益が無かろう筈も無く、「健脚の仁王さん」として
昔から庶民の頼るところとなっていた。
私が子供の頃、大門と蓮華坂(蓮花坂)の交わった辺りに
数軒の店があって、その店先にぶら下がった大小色々な
「草鞋(わらじ)」を買い求める客をよく見かけたものだ。
今では店で草鞋(わらじ)を見ることは無くなった。
草鞋を編んで、納めてくれる人が無いのだ。

10年ほど前まで仁王門には、御願いや御礼の木札と共に
大小たくさんの草鞋が所狭しと取り付けられていた。

その中で、ひと際目に付くのが大草鞋(おおわらじ)である。
2メートルは有るであろう大きさで、お参りの人々の度肝を抜く。

この大草鞋(おおわらじ)は、60年に一度づつ取替えられてきた。
前回の取替えは昭和52年だったので、次回は30年後である。
しかも、草鞋を編んで下さる方は「向島の檀家」と決まっているのである。
向島の檀家さんが代々大草鞋に関わって来られたのだが
しかし、近年は向島で良質の「わら」が取れなくなってしまったし
今までの経験者が高齢になられ、行事の存続が危ぶまれているのだ。

どうして、こんなに大きな「わらじ」が
納められるようになったのかは、今では判らない。
何事も「むかし」を伝えて行くのが、大変な時代になってしまった。